memorandum

弁護士が関心事等を書き留めるブログです。

パトリシア・ウォレス『新版 インターネットの心理学』

 

新版 インターネットの心理学

新版 インターネットの心理学

 

 本書は、心理学やテクノロジーを研究し、メリーランドユニバーシティ・カレッジ大学院で教鞭を執るパトリシア・ウォレス氏が、2016年に刊行した『The Psychology of the Internet(Second edition)』の全訳版です(原著の初版は1999年に刊行されています)。

著者は、オンラインにおける印象形成や集団力学、攻撃行動、好意・恋愛、向社会的行動、ゲーム行動、子供の発達、ジェンダーセクシャリティ、プライバシー・監視等といった広範な領域にわたる様々な問題・現象を、オンライン世界の心理に関する理論と実例に基づき、オフライン世界との相違に着目しながら解明しようと試みています。本書は、上記のとおり多くのトピックを含むため、インターネットを利用する一般の方々が関心のある分野だけを拾い読みしても十分楽しめる内容ですが、弁護士業務に携わる立場からはいずれのトピックも非常に興味深いものでした。
裁判における認定事実や要件該当性は、自然科学的に決せられるものではなく、経験則に基づく論証の積み重ねによる歴史的な判断結果にすぎません。ここで導かれた結果の正しさを裏付けるものは、論証における前提と導出過程の正しさにほかならず、導出過程の正しさは、すなわち経験則の正しさを意味します。この経験則について、一般常識や社会通念の範疇に属するものは裁判で明らかにする必要はありませんが、これに属しないものは適切な資料をもって明らかにする必要があります。このルールは、オンライン世界の行動を対象とした場合においても、当然に用いられることになります。
もっとも、デジタルネイティヴ世代とそうでない世代とのオンライン行動に対する感覚には大きな隔絶が存在し、オンライン行動は、もはやオフライン行動とシームレスに日常生活に組み込まれていること等もあって、単純にオフライン行動の延長上のものとして捉えられたり、他方、一般人にとりインターネットは未知の領域が大きいことから、マスメディア等の影響による利用可能性バイアスによって歪んだ認知に基づき語られてしまいがちです。オンライン行動の特殊性や、オフライン行動との相違については、本書のように客観的・実証的な観点から認識・理解していかないと、論証における導出過程を大きく誤ることとなり、然るべき結論を導き出すことができなくなります。オンライン行動を対象とした裁判における結論の見通しが未だに立ちにくいこと(そして疑義のある判断も決して少なくないこと)は、ここに原因の一端があるようにも思えてなりません。
いずれにしましても、今日のコロナ禍も相まって、社会全体においてますますオンライン行動の比重が大きくなることは不可避であって、法律家がそこにおける人間行動を意識的に観察することは、より不可欠な作業となっていくのでしょう。