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弁護士が関心事等を書き留めるブログです。

P.エクマン,W.V.フリーセン『表情分析入門ー表情に隠された意味をさぐる』

 

 本書は、カリフォルニア大学医学部精神医学科教授のポール・エクマン氏と、同助教授のW.V.フリーセン氏が刊行した『UNMASKING THE FACE, Prentice-Hall, Inc., Englewood Cliffs, 1975』の全訳版です。

著者らは、驚き、恐怖、嫌悪、怒り、幸福、悲しみという6つの基本的感情を、読者が正しく認知し精通できるようになることを目的として、顔の表情と感情の関係をその特徴の違いに注目しながら解明しようと試みています。
顔の表情と感情の関係を理解し、感情の認知能力や対人的感受性を高めることは、複雑化を極める現代の社会生活において職業問わず誰にも有用であり、実際本書は、想定する読者として「心理治療科、牧師、医師、看護婦、弁護士…」のみならず「あなた個人」まで掲げています。本書に記載されている事項は、一般の社会生活を送っている人々にとっては経験的に了解している事柄も多く、分析すればそうなのだろうという程度の感想にとどまるかもしれませんが、重要なことは、表情の影響力そのものを正しく認識することにもあるように思われます。これに関し、著者らは、下記のようなことを述べています。
”他の人びとに対して感ずる予感とか直感の根拠が、実は顔の表情にあったということに気づくのはまれである”
”自分の感じた対人的印象の源泉を突きとめられないままで、人はただ他者についてなんらかの印象を感じとるだけなのであろう”

 先般、コロナ禍における裁判員裁判において、弁護人がマスク着用による裁判進行の拒否を行ったことが物議を醸しました。上記のとおり、顔の表情は、対人的印象の源泉となるものであり、「表情を見ることができる/できない」ということは、他の人びとに対して抱く直感に、無意識のうちに大きな影響を与えています。そうだとすれば、適正な裁判の見地からは、表情の一部を隠すことなく全てが見える状態で行うことが最も望ましいことに疑いはありません。上記弁護人は、マスクの着用が「証拠そのものに影響を与えるおそれがある」と意見しており、これは全くもって正しい見解と考えます。他の権利利益との調整及び手段・方法についてはその先の様々な価値判断を含んだ議論となりますが、少なくとも表情の影響を無視・軽視した議論は、表情の雄弁性に対する認識の欠如からくるものにすぎないように思われます。

今後、テレワークの普及に伴うビデオ会議の常態化等により、他人の感情の非言語的手がかりとして、表情が他の部分に比しより大きな割合を占めていくことが予想されます。表情から感情を正しく認識・理解し、又、それをコントロールする能力は、現代社会生活を営む上でますます有用な能力となるように思われます。