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弁護士が関心事等を書き留めるブログです。

松田美佐『うわさとは何か ネットで変容する「最も古いメディア」』

 

 本書は、コミュニケーション論やメディア論を専門とする、中央大学文学部教授の社会学者・松田美佐氏による著作です。

著者は、最も古いメディアであるうわさについて述べ、都市伝説等に代表される情報価値の乏しいうわさの役割やその多面性に言及した上で、インターネット等の新たなメディアとうわさの関係を、その記録性や公開性といった特徴に着目しながら論じています。買いだめ騒動や学校の怪談等、私たちの生活に身近な社会現象を具体例として引用しており、自然と頁を手繰らされる内容となっています。

うわさ研究に関しては、アメリカの心理学者であるゴードン・W・オルポートとレオ・ポストマンが、うわさの公式として「R~i×a」を提示しています。これは、うわさの強さや流布量(R)が、当事者に対する問題の重要さ(importance)と、論題についてのあいまいさ(ambiguity)との積に比例するというものです。

ここで、著者は、上記の「あいまいさ」に関し、下記のようなことを述べています。

”あいまいな状況をあいまいであるまま受け入れつつ、少しずつあいまいさを減らしていくこと―あいまいさに対する「耐性」を持つことは、風評被害対策としても、うわさ対策としても重要であろう”

”あいまいさへの「耐性」を持つこととは、黙ってあいまいさに耐えることではない。そうではなく、あいまいさを避けるために安易に結論に飛びつくことを批判するのである。あいまいさに耐えつつ、長期的にあいまいさを低減させるために、さまざまな情報に継続的に接触していく必要性がある”

日頃、弁護業務を行っている際にも、「あいまいさ」に直面することが多々あります。裁判上の事実認定においては、存否不明の事実は存在しないものと扱われることになるため(証明責任規範)、あいまいさに係る事実が獲得目標である場合には、そのあいまいさゆえに存否不明とならぬよう、あいまいさを放置することはできません。他方で、「あいまいさ」は、当事者の語る物語を浮かび上がらせるために有効な材料にもなります。これを手掛かりに、その背景に係る情報等を積極的に獲得していくことで、物語の輪郭は明瞭になり、弁護方針を強固なものとすることができます。

もっとも、業種を問わず、あいまいな状況を維持することには、その情報処理量等からして相応の負担が生じることも多いように思われます。とりわけ昨今のコロナ禍のように社会的危機に直面した状況においては、私たちは極めてあいまいなうわさや情報を大量に浴びせられることとなり、過大な認知的負荷によって大きなストレスを抱えてしまいがちです。著者が論じた「あいまいさへの耐性」は、今日において身につけるべき情報モラルの一つにもなるように思われます。