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遺留分侵害額(減殺)請求権行使の心理的負担と消滅時効

2018年の民法改正により、遺留分減殺請求権は、遺留分「侵害額」請求権に変更されました(2019年7月1日施行)。改正前の遺留分減殺請求権は、目的物に対する物権的効果を有していたため、金銭的な解決を図るにはやや迂遠な場合がありましたが、改正後の遺留分侵害額請求権によって、下記のとおり、直ちに金銭請求手続を執ることができるようになりました。

民法1046条1項

遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

もっとも、遺留分侵害額請求権の消滅時効は、下記のとおり従前から変更がありません。

民法1048条

遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。

遺留分とは、非常に難解な論点を孕む分野でありますが、請求権者にとって最も懸念される事態は、上記のとおり遺留分侵害額請求の時効期間が「知った時から1年」と非常に短いことから、この期間内に請求権を行使できず、当該権利を時効によって消滅させてしまうことと考えられます。言い換えれば、遺産関係に対する速やかな法的安定の要請がそれだけ強いということでもあります。

被相続人の死亡により、相続人は深い喪失感を抱いてしまうことも多く、それ自体は極めて自然なことですが、そのことによって自らの権利をなかなか行使する気になれず、又、遺留分の主張自体を被相続人の意思に反する行為と捉えて躊躇してしまったりする等の心理的な葛藤もあり、相続後の種々の届出等の手続に追われているうちに時効期間の1年はあっという間に過ぎてしまいます(仮に、遺留分侵害額請求権を行使した場合でも、これにより生じた金銭債権は一般債権と同様5年間の短期消滅時効民法166条1項]に服するため、調停前置主義[家事事件手続法257条等]に鑑みればなお注意を要します)。

精神科医であるフロイトやボウルビィ等が指摘したように、外的対象喪失による哀しみを乗り越えて心の再建を図るには、喪失体験を受け入れていく心理的過程(喪の作業)を経るための時間が必要となります。対象喪失体験から回復するための期間の長短は、個々人の事情に大きく委ねられた問題でありますが、一般に深刻な喪失体験から回復するには、少なくとも一年以上かかると言われており、喪の作業を終えるに上記時効期間はあまりに短いとも言えるでしょう。また、相続人においては、心の問題を整理することのみならず、今後の生活を支える経済的基盤を早期に整えることも必須です。

遺言内容は、その作成時期や、財産関係把握の不十分等により、相続時における被相続人の考えや実態と大きくかけ離れた内容となってしまっていることも存します。そもそも遺留分制度の趣旨は、残された相続人の生活保障、潜在的持分の精算、及び実質的公平の確保等にありますので、被相続人の意思を闇雲に推し量ることにより、かかる正当な権利行使自体を躊躇う必要はありません。翻って、被相続人においては、遺言において財産処分・分配に関する事項を形式的に定めておくことのみならず、その理由や根拠、思い等まで表明しておくこと等で、相続後のトラブルを可及的に抑制することにもつながります。

自身で上記行動を執ることに支障を感じた場合は、弁護士に委任することも有効な方法の一つです。心理的負担が緩和・軽減されることはもちろん、経済的にも大きなメリットを受けられることと思います。