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弁護士が関心事等を書き留めるブログです。

企画展「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」


www.2121designsight.jp

本展示は、国籍を超えて様々な表現媒体に携わる情報学研究者のドミニク・チェン氏がディレクションを務めた企画展です。AIによる自動翻訳を用いた体験型の展示や、複数の言語を母国語とするクレオール話者による映像、手話やジェスチャーといった身体表現、人と動物そして微生物とのコミュニケーションに至るまで、さまざまな「翻訳」のあり方を提示する作品が紹介されています。どれも非常に興味深い作品ばかりでしたが、特に永田康裕氏の「Translation Zone」という作品が最も印象に残りました。

本作品では、「料理の翻訳」にまつわる考察を始めに、情報伝達によってあいまいな意味や感情がこぼれ落ちていくことに焦点を当てることにより、文化の中にたゆたう「翻訳しきれないもの」を炙り出すことを試みているとのことです。その思考の具現化が秀逸で、例えば、「炒飯」や「ポトフ」といった、味覚や嗅覚等をもって具体的にイメージしやすい身近な料理の言葉と調理時の映像を用いることで、その翻訳時にこぼれ落ちる要素を、鑑賞者に対し非常に明瞭に認識させることに成功しているように感じました。

グローバル化が進展する社会において、弁護業務においても「翻訳」というテーマは決して無視することができません。渉外事務所に勤める弁護士はもちろんのこと、私のような小さな個人事務所の弁護士でも、外国人労働者の労働問題、海外法人が運営するSNS上のトラブル、国際結婚にまつわる法的問題等において、翻訳をめぐる様々な困難に直面することがあります。

翻訳作業には常に誤訳の問題が付きまといますが、中でも要通訳刑事事件の公判等においては、即時性が求められるが故にとりわけ強く顕在化するところであり、誤訳によって被告人に不利益が生じることのないよう、細心の注意を払う必要があります。誤訳を防ぐためには、曖昧な表現や、多義的な表現、誤訳の生じやすい構文(二重否定等)などを用いることを、可及的に控える必要が生じます。しかしながら、当事者の真意は、曖昧模糊とした心理状態の中にこそ埋まっていることも多々ありますので、誤訳を防ごうとすることと、真意をできる限り正確につかもうとすることとの間には、相反する面があることも否定できません。

少し目線を上げれば、そもそも弁護士は、クライアントの生の主張を、法律上の主張に再構成すること自体が仕事の一つでもあります。法律上の主張に再構成する際には、生の主張をある程度取捨選択し、変換し、整理するといったプロセスが不可避となりますので、このプロセスにて真意が除かれ又は変容されてしまう場合には、クライアントの葛藤を徒に招きやすくなってしまいます。いかに真意を正確に捉えながら、それをより効果的に法律上の主張に再構成することができるか否かは、弁護士の技量でもあり、まさに翻訳と相通じるものがあるように、本展示を通じて感じることができました。

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