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弁護士が関心事等を書き留めるブログです。

フレデリック・ワイズマン『ニューヨーク公共図書館 ―エクス・リブリス―』

 

ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス(字幕版)

ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス(字幕版)

  • 発売日: 2020/08/19
  • メディア: Prime Video
 

 本作品は、2017年に製作された巨匠フレデリック・ワイズマンによるドキュメンタリー映画です。タイトルのとおり、ニューヨーク公共図書館の多岐にわたる活動、サービス、その舞台裏等に焦点を当てた内容となっています。それらは、単なる書籍の貸出にとどまらず、就職活動支援、パソコン教室やダンス教室、演劇、朗読会等のほか、リチャード・ドーキンス、エルビス・コステロといった著名人によるトークショー、ひいてはコンサートにまで及びます。もっとも、映し出される各場面の状況や登場人物、議論内容等の説明は一切なく、ストーリーとしての抑揚は排斥されている上、3時間半程度のボリュームもあるため、ともすれば非常に退屈な作品に感じられてしまうかもしれません(私自身も途中で休憩を挟んで鑑賞しました)。

何よりもまず図書館が、民主主義社会での情報の扱いに関する深い議論と高い理念に基づき、ここまで幅広く多様なサービスを提供していることに非常に感嘆しましたが、一面それはいかなる公共サービスをいかなる機関の分掌とするかという役割配分の問題でもあり、多分に社会的文化的差異に影響を受けるのであって、ニューヨークという米国の文化運動中心地であるからこそ成立しうる側面もあり、このシステムが何処でも通用するかというとそうではないようにも感じました。とはいえ、市民の文化的な生活を維持・向上させるためのサービスを、知識・情報の集合体である図書館が提供するということは、少なくとも民主主義社会においては非常に相性がよく、他の機関に委ねた場合に比して質の高い内容となるように感じられました(日本でも武雄市図書館や鳥取県立図書館等のように地域によっては様々な図書館サービス拡充の試みがなされています)。

とりわけ目を引いたのが、デジタル・ディバイド問題の解消に向けて、モバイル・ルーターの無料貸出サービスを行っていた点です(デジタル・ディバイドとは、「インターネットやパソコン等の情報通信技術(ICT)を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差」のことを言います)。「インターネットの普及によって、誰でも、いつでも、どこでも情報にアクセスできるという情報平等社会が到来した」との言説がありますが、これは各人においてアクセス環境が整い、情報モラルやリテラシーが身についていることを前提としているのであって、実際には、年齢や所得等により大きな情報格差が生まれています。各人の平等な情報アクセスというのはあくまで理想にすぎず、行政等による支援がなければより事態は深刻になってしまう現状にあると言わざるをえないようです。

ここで、行政から司法へスライドさせてみると、司法への平等なアクセスを確保するという声高に叫ばれた司法制度改革の理念に鑑みれば、裁判手続におけるICT環境の整備のみならず、弁護士の提供するサービスにおいても、クライアントとの間におけるICTの利活用・支援等は必須となるように感じます(それは限りあるリソースを必要な議論に集約し充実させることにもつながると考えます)。しかしながら、ファクシミリでの伝達慣行が未だに残ること等に象徴されるように、上記理念の達成への道程は相当の困難があるように感じざるをえません。ときに窮屈で億劫にも感じられるICTサービスを、いかに快適に利活用・提供できるかは、弁護業務においても当面の課題となるようです。