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弁護士が関心事等を書き留めるブログです。

IPA『DX白書2023』

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本年2月9日に、IPAから『DX白書2023』が公表されました。前回2021年度版の白書とは異なって『~進み始めた「デジタル」、進まない「トランスフォーメーション」~』という副題が新たに添えられていることからも分かるように、日本のDX推進における厳しい状況を示すものとなっています。

記載によれば、日本企業は米国に比しDX推進においてその多くがデジタイゼーション(デジタルデータ化)ないしデジタライゼーション(業務プロセスのデジタル化)の段階に留まっており、その先にあるトランスフォーメーション(新たな価値創出等)にまで到達できていないとのことです。中でも興味深かったのは、レガシーシステムの状況と課題に関する設問を新たに追加したところ、「レガシーシステム刷新の遅れ」がDX推進の足かせとなっていることが窺われている点であり、これは突き詰めれば日本のIT産業の構造自体に起因するものとも考えられ、なかなか問題は根深いように感じられます。

DXの目的が司法の場においてそのまま妥当するものとは思われませんが、とはいえ経済界がこのような状況の下、司法において社会的要請に応えたプロセスの変革がなされるのは果たして一体いつになるのでしょうか。

情報処理安全確保支援士に登録しました

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本年10月1日付にて、情報処理安全確保支援士に登録しました。

本資格は、社会的にIT依存度が高まる中、サイバーセキュリティ対策が経営リスク・社会的責任として非常に重要な課題になりつつあることから、情報処理の促進に関する法律の改正により、国家資格として2016年10月に誕生しました。比較的日の浅い資格であり、具体的にどのように活かすことができるかはまだまだ未知数ではありますが、私自身、弁護士業務を通じて情報処理に関する業務に携わることも少なくなく、又、弁護士にとって情報の取扱いはこれまで以上にリテラシーないしモラルとして当然に求められるようになると考え、登録することとしました。

今後も一弁護士として様々な知識・技術の研鑽に励み続けたいと思います。

国立国会図書館デジタル化資料送信サービスの開始

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著作権法31条の改正に伴い、先月19日より、いよいよ国立国会図書館の個人向けデジタル化資料送信サービスが開始されました。あらゆる資料がサービスの対象となるわけではなく、デジタル化された資料のうち絶版等の理由で入手困難な資料に限られてはいますが、これまでデジタルコレクションで公開されていた資料が約55万点だったのに対し、さらに約152万点もの資料が加わるため、大幅なサービスの拡充が図られています。本サービス実現の背景には、コロナ禍による図書館資料へのアクセスニーズの高まりがあったようです。

リサーチ能力は弁護士に必要不可欠な能力の一つでもあり、図書館はそれを支えるインフラ的役割を果たしていますが、情報の爆発的増大・細分化・複雑化等と相まって、その重要性はますます増しているように感じます。高度情報化社会の進展に伴い、これから図書館サービスはどのように進化していくのか、非常に強い関心を抱いている次第です。

香西秀信『論理病をなおす!ー処方箋としての詭弁』

 

私事ながら最近引越しをしたのですが、その際に書籍を整理していた折、本書がふと目に留まり、懐かしくなって久々に読み返したりしておりました。

本書は、修辞学や国語科教育学を専門とする、宇都宮大学教育学部教授を務められた香西秀信氏による著作です。先決問題要求の虚偽、多義又は曖昧の詭弁、藁人形攻撃、性急な一般化等の有名な「詭弁」を紹介しながら、人間がものを考えるときの心理状態ひいては本質的な癖のようなものを炙り出そうとします。フランシス・ウェルマンや小林秀雄等の著名人の論述を引用しつつ、多分のユーモアと毒舌をもって傾斜のついた視点から刺激的・挑発的に論じられており、小気味よいテンポで面白く読み進めることができます。

私が司法試験〜司法修習を終えて弁護士となり間もなく、知らぬ間に論理偏重の石頭となっており手をつかねるばかりだった頃、氏の著作を数冊読んで大変頭が解された思い出があります。本書でとりわけ印象に残った、「自ら信じることを実現するために、少なくとも言葉においては可能な限りの手段を利用しなくてはならない。これがレトリックの倫理である。」といった言葉などは、弁護業務の実践に際し非常に励みになるものでした。

氏は、本書以外にも『反論の技術』『修辞的思考』『議論入門』等、興味深い著作を多数残しておりますので、いわゆる「ディベート」といった純粋な討論領域では収まり切れない、実践的な議論というものに関心のある方にはいずれもお勧めです。なお、氏は2013年にお亡くなりになられたとのことで、新たな著作を読むことができないのが大変残念でなりません。

大竹文雄『行動経済学の使い方』

 

新年を迎えるにあたりまして、「一年の目標を立てなければ」とあれこれ思案しつつ、これまでに達成できなかった諸々の目標に思いを馳せながら手を伸ばしたのが本書です。

本書は、 行動経済学や労働経済学を専門とする、大阪大学教授の大竹文雄氏による著作です。行動経済学におけるプロスペクト理論やヒューリスティクス等の基本的事項について端的に説明しつつ、それを労働、医療ひいては公共政策等に対し応用する方法について実践的に論じています。行動経済学に関する書籍は既に多数出版されていますが、本書は平易な言葉で簡潔に記されており、内容も非常に分かりやすいので関心のある方にはお勧めです。

とりわけ現在バイアスに関する解説については、我が身においても大変堪える内容でした。現在バイアスとは、「将来のことは我慢強い意思決定ができるのに、現在のことについてはせっかちな意思決定しかできないこと」をいい、要は夏休みの宿題や、ダイエット等に代表されるような不都合のことを指します。著者は、目標と行動のギャップを埋めることの重要性を論じ、合理的行動を図るリスク等に照らして、次善の策が事実上ベストの策である旨説いています。

といった次第で、私も本書の教えに忠実に従い、新年早々様々な計画を立ててみましたが、果たして実際いくつの目標を達成することが出来るのでしょうか。私自身にとっての「行動経済学の使い方」が正しいか否かは、いま暫し観察に耐えることが肝要なようです。

国民生活センター『くらしの豆知識』

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国民生活センターが毎年定期的に発行している『くらしの豆知識』の2022年度版が発行されました。本書は主として消費者トラブル対策を目的としたものですが、今回は、2022年4月1日から成人年齢が18歳に引き下げられることを受けて「18歳の一人立ちナビ」という特集や、又、近年増加するインターネットトラブルを受けて「撃退!ネットトラブル」という特集が組まれています。

日常的な弁護業務においても、ネットトラブルに関する法律相談やお問合せの増加は顕著に感じます。本書では、SNS投稿の問題や、ワンクリック詐欺、フィッシング、子どものネット課金等、インターネットに関する様々なトラブルが具体的に紹介されているのみならず、誰でも簡単にできる対処法までもが簡潔に記載されており、非常に有益な内容となっています。実際にトラブルに巻き込まれてしまうと、その被害は多額に及んでしまう可能性がありますが、本書を一読すればしっかりと予防することができるようになる上に、大変リーズナブルな価格となっていますので、まさに一家に一冊お勧めしたい書籍です。

託摩佳代『人類と病 ー国際政治から見る感染症と健康格差ー』

 

先日、ようやく2回目のワクチン接種を終えました。大変恥ずかしながら、私は元来注射が非常に苦手な上、今回のワクチン接種でも発熱や頭痛が数日にわたり継続するなど副反応もきつく、出来ることならもう打ちたくないというのが正直な感想ではありました。とはいえ、感染症に対峙する人類の歴史を振り返るに際しては、ワクチンの功績なしに語ることなど到底できないようです。

本書は、 国際政治学を専門とする、東京都立大学教授の託摩佳代氏による著作です。種々の感染症と人類の闘いについて、国際協力の在り方からその歴史をダイナミックに論じています。とりわけ「健康への権利(Right to Health)」を論じた章は、医療アクセス確保が喫緊の課題となっている今日のコロナ禍の状況において、大変興味深い内容でした。

我が国において健康権は憲法25条により保障されていますが、そもそも法的に観念される「健康」とはいったい何を意味するのでしょうか。WHO憲章によれば、「身体的・精神的、社会的福利のことで、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義されており、到達し得る最高水準の健康を達成することはすべての基本的人権の一つ、とまで位置づけられています。

さて、我が国では、上記のような健康への権利を十分に享受することができているといえるでしょうか。医療アクセスをめぐる問題が極めて政治的問題であることは、今日のコロナ禍を巡る状況からも明らかであり、そのことは決して国際的問題だけに限定されたものではないようです。しかしながら、著者も示唆するように、この政治的な影響力というものを排斥することは現実的でなく、むしろそれ自身が所与のものとして活用され、権利の実現にうまく転換が図られることを期待すべきなのかもしれません。健康への権利に対する関心は、国内外問わず今後ますます高まっていくように思われます。