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弁護士稲益寛明による法律×心理×情報処理その他関心事を書き留めるブログです。

香西秀信『論理病をなおす!ー処方箋としての詭弁』

 

私事ながら最近引越しをしたのですが、その際に書籍を整理していた折、本書がふと目に留まり、懐かしくなって久々に読み返したりしておりました。

本書は、修辞学や国語科教育学を専門とする、宇都宮大学教育学部教授を務められた香西秀信氏による著作です。先決問題要求の虚偽、多義又は曖昧の詭弁、藁人形攻撃、性急な一般化等の有名な「詭弁」を紹介しながら、人間がものを考えるときの心理状態ひいては本質的な癖のようなものを炙り出そうとします。フランシス・ウェルマンや小林秀雄等の著名人の論述を引用しつつ、多分のユーモアと毒舌をもって傾斜のついた視点から刺激的・挑発的に論じられており、小気味よいテンポで面白く読み進めることができます。

私が司法試験〜司法修習を終えて弁護士となり間もなく、知らぬ間に論理偏重の石頭となっており手をつかねるばかりだった頃、氏の著作を数冊読んで大変頭が解された思い出があります。本書でとりわけ印象に残った、「自ら信じることを実現するために、少なくとも言葉においては可能な限りの手段を利用しなくてはならない。これがレトリックの倫理である。」といった言葉などは、弁護業務の実践に際し非常に励みになるものでした。

氏は、本書以外にも『反論の技術』『修辞的思考』『議論入門』等、興味深い著作を多数残しておりますので、いわゆる「ディベート」といった純粋な討論領域では収まり切れない、実践的な議論というものに関心のある方にはいずれもお勧めです。なお、氏は2013年にお亡くなりになられたとのことで、新たな著作を読むことができないのが大変残念でなりません。

大竹文雄『行動経済学の使い方』

 

新年を迎えるにあたりまして、「一年の目標を立てなければ」とあれこれ思案しつつ、これまでに達成できなかった諸々の目標に思いを馳せながら手を伸ばしたのが本書です。

本書は、 行動経済学や労働経済学を専門とする、大阪大学教授の大竹文雄氏による著作です。行動経済学におけるプロスペクト理論やヒューリスティクス等の基本的事項について端的に説明しつつ、それを労働、医療ひいては公共政策等に対し応用する方法について実践的に論じています。行動経済学に関する書籍は既に多数出版されていますが、本書は平易な言葉で簡潔に記されており、内容も非常に分かりやすいので関心のある方にはお勧めです。

とりわけ現在バイアスに関する解説については、我が身においても大変堪える内容でした。現在バイアスとは、「将来のことは我慢強い意思決定ができるのに、現在のことについてはせっかちな意思決定しかできないこと」をいい、要は夏休みの宿題や、ダイエット等に代表されるような不都合のことを指します。著者は、目標と行動のギャップを埋めることの重要性を論じ、合理的行動を図るリスク等に照らして、次善の策が事実上ベストの策である旨説いています。

といった次第で、私も本書の教えに忠実に従い、新年早々様々な計画を立ててみましたが、果たして実際いくつの目標を達成することが出来るのでしょうか。私自身にとっての「行動経済学の使い方」が正しいか否かは、いま暫し観察に耐えることが肝要なようです。

国民生活センター『くらしの豆知識』

www.kokusen.go.jp

国民生活センターが毎年定期的に発行している『くらしの豆知識』の2022年度版が発行されました。本書は主として消費者トラブル対策を目的としたものですが、今回は、2022年4月1日から成人年齢が18歳に引き下げられることを受けて「18歳の一人立ちナビ」という特集や、又、近年増加するインターネットトラブルを受けて「撃退!ネットトラブル」という特集が組まれています。

日常的な弁護業務においても、ネットトラブルに関する法律相談やお問合せの増加は顕著に感じます。本書では、SNS投稿の問題や、ワンクリック詐欺、フィッシング、子どものネット課金等、インターネットに関する様々なトラブルが具体的に紹介されているのみならず、誰でも簡単にできる対処法までもが簡潔に記載されており、非常に有益な内容となっています。実際にトラブルに巻き込まれてしまうと、その被害は多額に及んでしまう可能性がありますが、本書を一読すればしっかりと予防することができるようになる上に、大変リーズナブルな価格となっていますので、まさに一家に一冊お勧めしたい書籍です。

託摩佳代『人類と病 ー国際政治から見る感染症と健康格差ー』

 

先日、ようやく2回目のワクチン接種を終えました。大変恥ずかしながら、私は元来注射が非常に苦手な上、今回のワクチン接種でも発熱や頭痛が数日にわたり継続するなど副反応もきつく、出来ることならもう打ちたくないというのが正直な感想ではありました。とはいえ、感染症に対峙する人類の歴史を振り返るに際しては、ワクチンの功績なしに語ることなど到底できないようです。

本書は、 国際政治学を専門とする、東京都立大学教授の託摩佳代氏による著作です。種々の感染症と人類の闘いについて、国際協力の在り方からその歴史をダイナミックに論じています。とりわけ「健康への権利(Right to Health)」を論じた章は、医療アクセス確保が喫緊の課題となっている今日のコロナ禍の状況において、大変興味深い内容でした。

我が国において健康権は憲法25条により保障されていますが、そもそも法的に観念される「健康」とはいったい何を意味するのでしょうか。WHO憲章によれば、「身体的・精神的、社会的福利のことで、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義されており、到達し得る最高水準の健康を達成することはすべての基本的人権の一つ、とまで位置づけられています。

さて、我が国では、上記のような健康への権利を十分に享受することができているといえるでしょうか。医療アクセスをめぐる問題が極めて政治的問題であることは、今日のコロナ禍を巡る状況からも明らかであり、そのことは決して国際的問題だけに限定されたものではないようです。しかしながら、著者も示唆するように、この政治的な影響力というものを排斥することは現実的でなく、むしろそれ自身が所与のものとして活用され、権利の実現にうまく転換が図られることを期待すべきなのかもしれません。健康への権利に対する関心は、国内外問わず今後ますます高まっていくように思われます。

ビクトル・エリセ『ミツバチのささやき』

 

 本作は、『エル・スール』等でも有名な、スペインの巨匠ビクトル・エリセ監督による1973年に公開された映画です(タイトルは、詩人であるモーリス・メーテルリンクの作品から引用されています)。スペイン内戦(1936~1939年)終結直後における中部カスティーリャ高地の小さな村を舞台に、6歳の少女とその家族たちの日常が淡々と描かれています。

本作が制作された背景には、当時のスペインにおけるフランコ政権(~1975年)による独裁といった国内事情があったようです。独裁政権下では厳しい検閲が行われ、国民の言論・思想・表現が徹底的に統制されてしまうことは古今東西を問いません。

本作では、スペイン政府からの検閲を逃れるために、多くのシンボリックな映像や、メタファーが随所に散りばめられています。それゆえの抽象的で静謐な雰囲気と、不穏で荒涼としながら詩情に溢れた景色、主人公の少女が向ける純粋無垢な眼差し、それを通じた幼児期特有の心理描写等が絡み合って、得体の知れない暗示をかけられたような不思議な感覚を観る者に抱かせます。

表現の自由そのものが制約される中、理性をもって抗い乗り越えようとする創造力を源泉とし生み出された、非常に貴重な映画作品の一つと思われます。一法律家からの視点においても、大変興味深く観賞することができました。

Henning Shmiedt『Spazieren』

 

 本作は、旧東ドイツ出身のピアニスト、作曲家、編曲家であるヘニング・シュミート氏によるピアノ・ソロ作品です。2000年以降静かに流行したポスト・クラシカルの文脈で語られることの多い氏の、”散歩”と題された本作は、静謐かつ内省的な響きを湛えながらも温かみを兼ね備えており、当事務所においても平時のBGMとしてよく流しています。端から癒しを目的とした音楽とは異なって、あからさまな機能性はなく、自然な風通しと肌触りのあるところなどが個人的に非常に気に入っております。

ここで、熊倉敬子氏の論文『音の投影法の研究』(慶應義塾大学大学院社会学研究科紀要:社会心理学教育学No.30(1990.),p.21-28)によれば、「音刺激は…物語のつくりやすい刺激」であり、「物語の進行を容易に」し、「直感的にイメージが浮かびやすく、過去の記憶を想起させやす」いとされています。

このような音刺激の効果に照らせば、基本的にはダイアローグを志向すべきクライアントとの面談の場面はもちろんのこと、平時の職場環境づくりにおいても音楽を流す場合には相応の注意を払う必要があるように思われます。他方で、単純に自分の好きな音楽を聴きながら仕事などをすると非常に捗るというのは誰しもが経験したことのある事柄でしょう。私自身も、毎朝職場に来るたび、仕事をするための音楽を選ぶことが、ささやかな愉しみであったりもします。

大野志郎『逃避型ネット依存の社会心理』

逃避型ネット依存の社会心理

逃避型ネット依存の社会心理

 

 本書は、社会情報学、社会心理学、情報教育・情報行動を専門とする、東京大学情報学環助教の大野志郎氏による著作です。

著者は、本書において、インターネット依存問題の詳細と、過度なインターネット使用がもたらす様々な実害について確認した上で、インターネット依存と心理社会的変数(孤独感、対人生活満足度等)とを結びつける変数として「逃避」にフォーカスします。そして、「逃避型ネット使用」を、「インターネット使用の動機が…心理的ストレスから逃れたい、忘れたいなど、消極的・受動的に生じるものであるケース」と定義した上で、下記のとおり述べます。

…逃避型ネット使用という概念は、インターネット依存と密接に関連している重要な要素だが、それが操作可能であることが、特に注目すべき点である。逃避型ネット使用得点を低く保つためには、逃避の要因となっていると考えられる心理的ストレス要因を特定し、現実逃避を必要としない状態とすること、あるいは逃避の手段としてウェブアプリケーションを用いないこと、ストレスの対処として逃避以外の戦略を身に付けることが方法として考えられる。もちろん、逃避は場合によっては効果的に働き、ポジティブな結果に結び付く可能性もある。また、ネガティブな結果をもたらす場合にも、逃避というモチベーションを操作することは簡単ではない。しかしそれでも、逃避型ネット使用を抑制する必要を感じた場合には、現実における問題と向き合い、解消を目指すべきだろう…

昨今のマスメディアにおいては、コロナ禍での巣ごもり要請等により、インターネット依存患者が増加傾向にあると報道されており、実際、インターネット依存傾向が影響していると思われるような法的トラブルに関する相談も少なくありません。

インターネット依存の核心的症状の一つとして「主要性」というものがありますが、これは、日常生活においてインターネット上の優先度が高まり、時間的にも心理的にも最も主要なものとなっている状態を意味します。弁護業務に従事する中で、とりわけインターネット上のトラブルは、生身のトラブルに比して、当該トラブルに対する当事者本人と第三者との間における認識・感覚のギャップが大きいように感じることがありますが、それは、この「主要性」が大きく影響しているのではないかと考えられます。この場合、「主要性」が逃避を介して生じていたものなのであれば、著者が指摘するように逃避要因を特定して、それを軽減させるような方法を考え出すことも、当事者にとっては一つの解決手段となるように思われます(法的アプローチはせいぜい問題の端緒となるにすぎません)。もっとも、逃避以外の戦略を自発的に身に付けることは容易なことではないと思われ、医師やカウンセラー等の専門家の助力を得ることも時に必要となるでしょう。しかしながら、専門家に相談することが一般的とは言い難い日本においては、インターネット依存の問題が今後より慢性的・構造的問題を孕んでくることは時間の問題のようにも感じられます。

健全なインターネット環境の構築・発展には、テクノロジーを妄信することなく、その弊害・対処法についても真正面から向き合い議論を重ねていくことが必須と考えます。したがってまた、一般消費者側においても、ハードウェア・ソフトウェアの利便性のみで利用の適否を判断するのではなく、引き起こし得る弊害につき開発側が自発的に対処法を施しているか否かなどをあらかじめチェックした上で選別・利用する等の情報リテラシーまでもが求められるように思われます。