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弁護士が関心事等を書き留めるブログです。

セドリック・クラピッシュ『おかえり、ブルゴーニュへ(CE QUI NOUS LIE)』

 

おかえり、ブルゴーニュへ(字幕版)

おかえり、ブルゴーニュへ(字幕版)

  • 発売日: 2019/05/08
  • メディア: Prime Video
 

 本作は、『スパニッシュ・アパートメント』等で有名な、セドリック・クラピッシュ監督による2017年に公開された映画です。父の死やそれにより生じた相続等を契機として、兄弟たちがそれぞれ抱える問題を乗り越え、家族との関係を徐々に再構成していく様を静かに描き出した作品です。ブルゴーニュ地方のぶどう畑の移ろいを切り取った美しい映像が、起伏の少ないストーリーに、嫋やかに彩りを添えます。

本作のように、相続によって、それまでぼんやりと抱えていた問題が突然鮮明に浮かび上がることは間々あります。劇中でみれば、長男は父との確執、次男は義父との価値観の相違、長女はワイン造りを承継することへの自信の無さ等といったところですが、このことは決して本作品に限った事柄ではありません。たった一つの相続という事象であっても、その背後には経済的問題を超えた幾多の問題が生じ得るのです。

劇中にて、彼らが問題を乗り越えるために重要な要素となったものが、生来より常に彼らの真中にあり、そして相続対象となった不動産でもあるぶどう畑でした。この畑での作業シーンにおける長男の一人語りが非常に印象的です。

”フランスの冬を忘れていた 果てしなく長い冬だ 

畑に出ると実感する 土地は我々のものだと 

血筋や所有権は大地との絆に関係ない 

土地に愛着が湧くと理解できる 実は人間が土地に帰属しているのだ”

所有権や相続とは、言ってしまえば単なる観念上の存在にすぎません。あくまで当事者にとっては、直接の手作業や触れ合いを通じてしか、土地や家族という実態を現実味をもって把握することはできないのであり、そのことは法律家にとり大変な実感を帯びて突き付けられます。劇中でも、土地や相続・税金のこと等を事務的に話す弁護士がシニカルに描かれておりますが、兄弟たちはそのアドバイスどおりの即物的解決には陥いることなく、手作業を通じ互いに依り合うことで新たな物語を豊かに記述していき、自律的な解決方法を見い出すに至ります。

今日の法律家の役割は、現在進行形で拡大を続け同時に曖昧さも増していますが、他方為し得る解決の限界は十分に認識しなければならないと考えます。もっとも、とりわけ思いが錯綜し感情の縺れが生じやすい相続問題の解決に臨むに際しては、少なくともその背後にある事柄に対し十分に想像力を働かせ、多面的に検討すべきことはもちろん、また、ときに当事者の手作業を通じた物語の自律的再構成を、解決に至るまでのプロセスにおいて、できる限り支えていく必要もあるのではないでしょうか。