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大野志郎『逃避型ネット依存の社会心理』

逃避型ネット依存の社会心理

逃避型ネット依存の社会心理

 

 本書は、社会情報学、社会心理学、情報教育・情報行動を専門とする、東京大学情報学環助教の大野志郎氏による著作です。

著者は、本書において、インターネット依存問題の詳細と、過度なインターネット使用がもたらす様々な実害について確認した上で、インターネット依存と心理社会的変数(孤独感、対人生活満足度等)とを結びつける変数として「逃避」にフォーカスします。そして、「逃避型ネット使用」を、「インターネット使用の動機が…心理的ストレスから逃れたい、忘れたいなど、消極的・受動的に生じるものであるケース」と定義した上で、下記のとおり述べます。

…逃避型ネット使用という概念は、インターネット依存と密接に関連している重要な要素だが、それが操作可能であることが、特に注目すべき点である。逃避型ネット使用得点を低く保つためには、逃避の要因となっていると考えられる心理的ストレス要因を特定し、現実逃避を必要としない状態とすること、あるいは逃避の手段としてウェブアプリケーションを用いないこと、ストレスの対処として逃避以外の戦略を身に付けることが方法として考えられる。もちろん、逃避は場合によっては効果的に働き、ポジティブな結果に結び付く可能性もある。また、ネガティブな結果をもたらす場合にも、逃避というモチベーションを操作することは簡単ではない。しかしそれでも、逃避型ネット使用を抑制する必要を感じた場合には、現実における問題と向き合い、解消を目指すべきだろう…

昨今のマスメディアにおいては、コロナ禍での巣ごもり要請等により、インターネット依存患者が増加傾向にあると報道されており、実際、インターネット依存傾向が影響していると思われるような法的トラブルに関する相談も少なくありません。

インターネット依存の核心的症状の一つとして「主要性」というものがありますが、これは、日常生活においてインターネット上の優先度が高まり、時間的にも心理的にも最も主要なものとなっている状態を意味します。弁護業務に従事する中で、とりわけインターネット上のトラブルは、生身のトラブルに比して、当該トラブルに対する当事者本人と第三者との間における認識・感覚のギャップが大きいように感じることがありますが、それは、この「主要性」が大きく影響しているのではないかと考えられます。この場合、「主要性」が逃避を介して生じていたものなのであれば、著者が指摘するように逃避要因を特定して、それを軽減させるような方法を考え出すことも、当事者にとっては一つの解決手段となるように思われます(法的アプローチはせいぜい問題の端緒となるにすぎません)。もっとも、逃避以外の戦略を自発的に身に付けることは容易なことではないと思われ、医師やカウンセラー等の専門家の助力を得ることも時に必要となるでしょう。しかしながら、専門家に相談することが一般的とは言い難い日本においては、インターネット依存の問題が今後より慢性的・構造的問題を孕んでくることは時間の問題のようにも感じられます。

健全なインターネット環境の構築・発展には、テクノロジーを妄信することなく、その弊害・対処法についても真正面から向き合い議論を重ねていくことが必須と考えます。したがってまた、一般消費者側においても、ハードウェア・ソフトウェアの利便性のみで利用の適否を判断するのではなく、引き起こし得る弊害につき開発側が自発的に対処法を施しているか否かなどをあらかじめチェックした上で選別・利用する等の情報リテラシーまでもが求められるように思われます。